1.中世萬葉集古注釈書の諸本の現存状況を調査した結果、由阿『詞林采葉抄』については写本65本(『国書総目録』『古典籍総合目録』には60本を登録)、『萬葉集目安』については写本15本、版本13本(前掲二書には「萬葉目安」として写本9本、版本13本が、「萬葉目安」として写本3本が登録されている)が現存する情報を得た。 2.(1)学習院大学文学部日本語日本文学科研究室蔵『萬葉集註釈』の原本調査により、この写本が版本の系統に近く、かつ版本では失われた語釈や異訓を止める善本であることが改めて確認された。さらに、この写本には「私範政云冷泉黄門云…」という書入注記が存する(本文と同筆)。この「範政」が『萬葉集』の研究に携わった今川範政であるとするならば、従来推測されていた『萬葉集目安』の成立の時期(応安7年(1374)から延徳3年(1491)の間)の下限を、範政の(至徳元年(1384)から永享5年(1433))没年によってさらに上げることが可能になる。また室町時代に強い影響力を持った今川範政が書写校合した『萬葉集』(「禁裏御本」)の訓を視野に入れながら『萬葉集目安』を検討し直すという新たな視角が開かれることになる。 (2)なお、『萬葉集目安』については国文学研究資料館に近世初期書写の善本が存していることが判明した。版本に近い系統(本文の乱れが少ない)の写本は、従来書写年代の早いものが知られていなかっただけに、この資料館本と学習院大学本とによって、『萬葉集目安』校本作成のための基礎的条件を整えられたと言える。
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