中国文学の精華たる盛唐を象徴する楊貴妃を詠み込んだ代表的作品に「長恨歌」「梧桐雨」『驚鴻記』『長生殿』等がある。このうち、「長恨歌」や『梧桐雨』については、すでに先人の多くの研究業績があるが、楊貴妃故事を集大成したとされる『長生殿』については、何故か中国・日本ともに注釈書が少なく、僅かに徐朔方や曽永義、塩谷温の注訳本が見られるのみである。 そこで本研究では、この様な従来の研究の実状に鑑み、通常の研究論文に加えて、まだ先人の研究が必ずしも進んでいない楊貴妃関連作品の確かな校注本、訳注本を作成する事に意を注いだ。 まず、『長生殿』の先声としてある『驚鴻記』については『驚鴻記校注〔稿〕』をまとめ、本研究の主要成果として一冊にまとめた。これは中国・日本を含めて最初の試みであり、今後更に校訂を加えて公刊するつもりである。更に『長生殿』については、『長生殿箋注』〔中山大の康保成氏と共著〕をまとめた。これは中国の中州出版社に於いて現在印刷中である。この箋注本は徐朔方氏の校注以来40年を経過した『長生殿』研究の欠を補うに足るものと信ずる。加えて、これらの校注を基にして、『長生殿訳注』〔1〕を学術雑誌に登載した。これは本邦初の現代語訳であり、数年を経て全50齣の訳注を完成させるつもりである。 以上、本研究では、関連研究論文の発表と共に、今後の研究に供するべく、確かな校注、箋注、訳注本の執筆と発表につとめた。これらの研究実績は、今後更に数年をかけてまとめられる『長生殿』の実質的な研究成果の一つのバネ台として機能するはずである。
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