本研究は、第二次世界大戦中の米国で製作された映画の基底構造にあるであろう意識的・無意識的プロパガンダ性を比較文化史的観点から研究することを目的とするものである。人類が初めて経験した近代総力戦中に大衆を想像力と神話の水準で操作教育する映画戦がいかに政策決定者と映画産業の協力のもとに開発されたか、その中でいかに政治的な映画知識人の活動がそれに加担していったかを、その歴史と構造の両面から精査した。 映画は大衆娯楽といわれるが、第二次世界大戦の総動員体制下にあって、映画というマスメディアはきわめて有効なイデオロギー装置として機能した。映像というマスメディアが、大衆が敵国に抱くイメージを形成し、また自国の危機存亡のさいに個人が取るべき行動を教育したのである。研究は、映画のこのプロパガンダ性の歴史的・構造的側面を、その前史をも含めて美学的かつ政治的観点から検証する形で進められた。ハリウッドの各ジャンル映画の比較分析の成果を踏まえたうえで、対象を特徴的なプロパガンダ映画に絞り、個別のジャンル映画を横断して比較分析検討した。特に30年代に代表的な喜劇作家として活躍したフランク・キャプラ監督が、情報教育局の陸軍少佐として多くの戦意昂揚映画を製作した経緯と、そのプロパガンダ映画製作に、ニュー・ディール期に国際的な左翼映画人としてドキュメンタリー映画製作に携わったオランダ人ヨリス・イヴェンスがかかわっていた事実を調査し、第二次大戦の戦争プロパガンダ映画を、ニューディール期のドキュメンタリー・プロパガンダ映画とハリウッド・ジャンル映画の密接な連続性のうちにとらえることができた。このような作業を通じて、政治と娯楽装置の関係、大衆操作の美学的方法、大衆と知識人階級による映画のプロパガンダ性に対する反発と順応と利用、そうした複合点を解明するという本研究の所期の目的を達成することができたと考える。
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