平成9年度は英国ルネサンス悲劇のコズモロジーとオヴィディアニズムの関係について検証した。16世紀末英国において多くの劇作家が新しい悲劇の創造を試みたが、その中でももっともめざましい成果をあげたのが、クリストロファ・マ-ロウとトマス・キッドであり、そしてそれを継承したシェイクスピアである。もともと古代ギリシアの演劇状況に固有のものであった「悲劇」を、時代も宗教も大きく異なるルネサンス期の英国に復活させるには、当然さまざまな障害があったはずだ。その一つが悲劇のコズモロジーという問題である。神のもとでの調和を重視する正統キリスト教世界の伝統的宇宙像は、そのままでは悲劇のコズモロジーにふさわしくない。そこでマ-ロウらが試みたのが、一つに古代口一マの恋愛持人オウィデイウスらの詩的イメジャリを演劇の場に応用することであったと思われる。今年度は主としてマ-ロウの『オヴィッド全エレジ-』、『ヒアロウとリアンダ』、ダイドウの悲劇』、『フォースタス博士の悲劇』、そしてシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』などのテキストを取り上げて考察した。なおその成果の一部分を反映する論文「暁とヒアロウの紅潮と-悲劇のコズモロジーとしてのオヴィィアニズム」が、『英語青年』1998年4月号に掲載された。平成10年度は、同じ問題を、キッドとシェイクスピアの他の作品にも対象を広げて、さらに検証を深めていく計画である。
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