研究概要 |
ポスト・ライディング期(1940年以降)におけるグレイヴズ詩作のエネルギーがそれまでになく安定する理由は何か。40年代におけるグレイヴズの精神的状況はおおむね静穏状態にあり、詩的葛藤の性質が変化していることは明らかである。ライディングからの離脱はグレイヴズ独自の詩的感覚の回復であり、それはモダニズムとは所詮不調和であるイギリス詩の伝統的感覚の再認識であるともいえる。ライディングとの共同批評活動の中断と共にグレイヴズの詩作と批評は固有の女神(「白い女神」)を主題とするものに集中する。他方、ライディングの『全詩集』(Cassell,1938)は批評的にほとんど無視され、ライディングは事実上この時点で詩作を断念する。(ライディングの文学的沈黙は1970年まで続く。)1939年ライディングはマヨルカを出てアメリカに永住する。グレイヴズとの関係の終焉である。 グレイヴズの『45年詩集』(Poems 1938-45)はこの状況を背景として最良の作品を多く含む。作品の調子は肯定的であり、詩的自我に対する鋭い洞察を反映する。これはモダニスト=ライディングの否定的論理あるいは排他的芸術原理を経験したイギリス的詩的精神の回復の軌跡として読むことができる。The White Goddess(1948)を中心とする批評意識は、単にグレイヴズ固有の擬似神話学的詩論が展開されていると見るべきではなく、詩的葛藤の内実を集約する女神イメージを軸に、詩作とは何か、詩的自我とは何かを問う基本的命題を示すものと解釈し得る。40年代以降のグレイヴズの批評は、この問いを解決し得なかった20年代の葛藤を、ライディングの示唆によるのではなく、自らの詩的精神の回復によって解決する過程を示すと言って良い。それは同時に、モダニストとは調和しないイギリス詩の伝統的感覚の強靭さを示すものと言える。
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