伝承バラッドが英文学にどのように貢献したが、特に一般民衆と詩壇とが解離した19世紀において、バラッドという民衆文化が英詩にどのような影響を与えたかを問うことを目的として、ヴィクトリア朝の桂冠詩人Alfred Tennysonのバラッド詩の模倣と逸脱を分析した。分析(1)は直接的模倣、(2)模式上の模倣、(3)精神の模倣、(4)ブロードサイド的性質、(5)個別性、の5つの視点から行ない、総括した。 テニスンのバラッド詩の多くは元歌が推測できるが、このことは詩人が感情表現よりも「物語」の創作に興味を持っていたことを示唆しており、自我への執着はロマン派詩人とは明らかに異なっている。感情表現と感傷の時代を経て、それらを補完する精神をテニスンのバラッド詩は示している。また、テニスンの顕著な様式の模倣はリフレインである。伝承バラッドのリフレインの本来の機能は語り手と聞き手のコミュニケーションと定義できるが、近代以降の英詩では詩を共有する共同体も聞き手も詩人からは失われた。このような歴史の中で、テニスンのリフレインの技巧は、読者の声を自ら作品に歌い込むことによって、失われた共同体としての聴衆を再現する意図があると思われる。この意図が顕著な作品は“The Charge of the Light Brigade"であるが、リフレイの他に固有名詞を削除する改作の過程によって、一個人を超えたバラッド的共同体空間を構築する模索が見い出される。テニスンのバラッド詩は、変動と孤立への道を歩む人間精神に対して鳴らされた警鐘であり、時代の精神を批判する機能を持っていると結論できる。 時代への警鐘という点で、19世紀のパロディバラッド詩人Lewis Carrollの作品を対照させた。キャロルのパロディバラッドは元歌のパロディ化と伝承バラッドへの回帰という2重の意味で、テニスンと同じく時代の精神を批判する機能を果たしている。
|