19世紀の英文学における伝承バラッドおよびバラッド詩の位置付けを行い、19世紀バラッド詩の系譜を確立するために、ヴィクトリア朝の聖職者であり詩人であるCharles Kingsleyのバラッド詩について、伝承バラッドからの模倣と逸脱を分析した。分析の視点は(1)直接的模倣、(2)様式上の模倣、(3)バラッド的精神の模倣、(4)ブロードサイド・バラッド的性質、(5)明治期の日本詩壇への影響、の5つである。 バラッド詩の系譜においてヴィクトリア朝は、詩人個人を表現する手段としてバラッド詩が生み出された時代であるが、その中でキングスリ-は、牧師としての立場からのキリスト教社会主義的発言や、労働者の生活の向上運動の実践をバラッド詩に反映させた、いわゆる文壇的詩人とは異なる民衆の詩人として捉えることができ、一連のバラッド詩は19世紀のブロードサイド・バラッドと見なしうる。対象とした11の作品の中で、直接的模倣と分類されるものは″The Three Fishers″、″A New Forest Ballad″″The Sands of Dee″の3つであり、他のヴィクトリア朝詩人同様に、リフレインの使用が特色となっている。その他はローマ時代や中世を背景にした歴史物語の形をとっている。キングスリ-のバラッド詩の大きな特色は、いずれも徹底した物語詩となっていることである。模倣から独立へと進んでいった時期に、バラッド詩がなくしつつあった素朴な模倣と徹底した物語性を特色とするキングスリ-のバラッド詩は、系譜上ではむしろ18世紀的な、模倣と独立の接点に位置付けられ、そのブロードサイド・バラッド的性質はテニスンよりももっと民衆に近い位置からの時代への警鐘と解釈されよう。
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