本研究の目的は、19世紀バラッド詩の伝承バラッドからの模倣と独立の様相の分析と、時代のコンテクストにおけるバラッドの役割の解明である。今年度は、課題として挙げたテニスンとキングズリーのバラッド詩研究を補完し、バラッド詩の系譜の確立の今後の展開のために、世紀末に活躍したスコットランド出身の詩人John Davidson(1857-1909)について、背景と作品の分析を以下のように行った。 1. デイヴィドソンのバラッド詩創作の要因として以下の3点が挙げられる。(1)他の19世紀のバラッド詩人と同じく、18世紀のバラッド・コレクションであるSir Walter ScottのMinstrelsyof the Scottish Border(1802-3)の影響が大であること。(2)その当時設立された文人のサロンThe Glasgow Ballad Club'に参加してバラッド詩創作の流行を体験したこと。(3)後年ロンドンでThe Rhymers' Club'に参加してヴィクトリア朝的なレトリックや教訓性を排除し純粋な歌を追求する詩の改革運動を知ったこと。これらはデイヴィッドソンに、バラッドという伝統の様式で自己および現代の風俗を歌うことの新たな可能性をもたらしたと解釈できる。 2. デイヴィッドソンの“Thomas the Rhymer"(1891)を例にとると、以下の2点において伝承およびスコットのバラッド詩からの逸脱を示す。(1)予言者トマスの人物像は伝承やスコットからかけ離れた孤独なヒーローである。(2)婚礼の席に現れる骸骨というモティーフは、18世紀のゴシック詩の寵児M.G.Lewisやスコットからのゴシシズムの継承を示している。 3. 伝承バラッドを素材にしたゴシック・バラッドへの逸脱は、詩の本質は意識の下の無意識の表現であると主張したデイヴィッドソンの芸術論の実践と理解される。同時に、ヴィクトリア朝の近代化と荒廃した環境に対する詩人の批判としても機能したと考えられる。
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