1. 中世後期以降市民層の遺言書大量成立の背景:教会への寄進部分の共有財産からの切り離しの手段。家族共同体の共有から個人の処分を可能にする財産所有形態の変化。都市の発達に伴って世襲財から購入財へと財産形態の変化。近世という変動期の社会で法制度が確立していないなかで、個人の財産を守る確実な手段として遺言書は機能した。中世ヨーロッパを繰り返しおそった疫病(ペスト)の流行も遺言書増加の要因の一つ。 2. 証文(Urkunde)と遺言書:遺言書の初期の形態→印章証文。古証文学の定めるUrkunde(皇帝、王、教皇)の構成は4部分の導入部、7部分の主要部、3部分の終結部という3部14部分よりなる。14世紀ウィーンで成立した書式集では遺言書は11項目が必要とされた。 3. 中世市民層の遺言書の諸形態:印章証文、参事会員の前での口述、作成者自身の自書、教会法による等の証文形式、外国法による公証人証文やオフィツィアラート証文、参事会証文、最後に市帳簿記載方式。極めて細分化していた当時のドイツの領邦土や都市毎の法環境の違いも重要。 4. 証文から遺言書へ、構成要素の収斂:証文構成要素と遺言書必要項目の比較。14世紀ウィーン市民の遺言書分析の例。トルナヴァ文書より作成した遺言書のプロトタイプと遺言書必要項目との比較。 以上から 5. 大量の遺言書成立には社会史的にみて必然性があったこと。遺言書テクスト構造分析の基盤に証文構造の考察が不可欠なこと。遺言書の形態を観察するためには法環境という要素を考慮しなければならないこと、構成要素の収斂には作成者の意図表現の簡潔化、明確化の方向性がみられること、を新しい知見としてあげる。(50字x16行)
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