ロシア科学アカデミー・サンクトペテルブルグ支所所蔵のウイグル文献中に以前発見し、マイクロフイルム化していた、ウイグル文字による漢文断片を、文字転写し同定作業を行った。その結果、それら断片の内容が『聖妙吉祥真実名経』と『四分律比丘戒本』に所属することがわかった。ウイグル文字表記に漢字を対応させ、テキストを完成させた。次に、ウイグル文字表記漢語の性格を検討し、これが唐末から宋初にかけて中国西北地方で使われていた漢語音体系に基づくことがわかった。しかもこの漢語音は極度にウイグル語音韻構造に同化したものであり、ウイグルが漢字音として使用していた可能性を示すものである。夏期休暇中にサンクトペテルブルグを訪問し、未整理のウイグル文献中に尚4葉のウイグル文字による漢文のあることを発見し、マイクロフィルム化して帰国、検討した結果、その1葉は『聖妙吉祥真実名経』であり、残りの3葉は『黄昏礼懺』の内容をもつことがわかった。先の要領で使用漢語音を検討した結果、『黄昏礼懺』の1葉を除いては以前のものと同じ音体系に属することがわかった。例外的な1葉はウイグル語音化が進んでおらず、中国語話者の手による可能性が考えられる。サンクトペテルブルグの帰途ベルリンに立ち寄り、ベルリンアカデミー所蔵のウイグル文字表記漢文を書写することができた。かなり大部の冊子本であるが、その一部が『入阿毘達摩論』に同定できたので、検討してみた結果、『聖妙吉祥真実名経』と同一漢語音体系に基づいて書かれたことがわかった。次年度はこのベルリン所蔵の冊子本を主体に研究を続行したい。
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