一昨年来続行している、ロシア科学アカデミー東方学研究所蔵のウイグル文字表記漢語・漢文についての研究は予定どおり終了した。昨年までに同定できた内容は「聖妙吉祥真実名経」「四分律比丘戒本」「黄昏礼懺」の3仏典であった。本年度は「千字文」の同定ができた。ほかに数葉の断片が内容の同定できないまま残されているが、ウイグル文字表記から、80%程度の漢字の同定はできた。さらにベルリン所蔵のやはりウイグル文字表記された漢文冊子の中に「入阿毘達磨論」の含まれていることもわかった。これまでに内容の同定されたものについてはウイグル文字表記と漢字との対照表を作った。そしてそれに語レベルで同定できたものを加えて、ウイグル文字表記から漢語音の音韻的記述をおこなった。その結果、元朝時代にウイグル人によって使用された漢語音というのは実は「ウイグル漢字音」と呼べるもので、唐末ころの西北漢語音を基礎としてつくられたことがわかった。ウイグル漢字音はこの西北漢語音をかなりウイグル語音化したもので、その音をもって漢文の内容を直下に理解することは不可能であったと考えられる。ウイグル人は一方で漢文訓読を発展させていたので漢文の内容理解にはむしろ訓読をもって行っていたと推定できる。しかし元朝時代のウイグル人のこのような漢字の使用は仏僧に限られていたにちがいない。ウイグル仏僧は漢文を「ウイグル漢字音」でもって朗読し、訓読によって内容を理解したと考えられる。
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