1.図絵(イメージ)と知識をドッキングさせたエンブレムの形式は、地上の事物とイデアとの対応を確立させる新プラトン主義の観点から考えられてきた。しかし、エンブレム作家の多くが古典古代の在り方を忠実に再現しようと努めた法律学者であったことに注目し、同時代の法学資料を収集・解読してみると、エンブレムは、新プラトン主義の影響下にある宇宙論的叡智の実例ように、外見的に見えるにすぎないことがわかった。エンブレムは、自分たちの時代以前までの方法論上の過誤から見えなくなってしまった古典世界の知の構造を、新たな文献学手法を駆使して古典古代を再現させる運動の一枝葉にあることが明らかになってきた。2.新プラトン主義の通俗版である、図絵と知識を空間的に結合させる神秘記憶術の流行を射程に入れて、直接それらの文献にあたってみても、そこで問題になっているのは、現在において隠されている永遠の叡智であった。そこには、イデアではなく古典古代という特定の時代におけるイメージと観念との結びつき、というエンブレムにみられる歴史意識は見られなかった。たとえ記憶術とエンブレムには図絵を用いるという共通項があり、両者は同時代に流行したという現象を共有しているとしても、記憶術の反復・回帰志向は、エンブレムの歴史遡行と対極をなし、それぞれの眼差しは乖離していることがはっきりした。3.プルタルコス『倫理集』をデータベース化した。この本は、イメージと観念とが歴史上の原初において直接的結びつきをもっていた起源譚(歴史)の集大成である。この始原の直接の結びつきが古代人の強靱な記憶力を保障していたと、エンブレム作家たち(とりわけアルチャート)は感じ取っていた形跡がある。エンブレムがこの本に依存している度合いの高さを明らかにすることで、宇宙論ではなく歴史への密着度がエンブレムではいかに高いかを実証的に示す証明作業にとりかかっている。
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