1.『エンブレム』のなかで、神話・博物に言及しているエンブレム(総数121)の材源、その中世寓意解釈、アルチャート自身の解釈をカード化し整理した。これによって原典の中から常識(sensus naturalis)の範囲で意味を汲み取る直解主義という法学原理がそこにあることが明確になった。それと同時に、『エンブレム』は、従来考えられていたような普遍主義・註釈権威主義・語源優位志向とはなじまず、むしろそれらを意識的に逸脱し乗り越えようと知的努力をしていたことが明らかになった。 2.図絵とその解説詩をワンセットとして結びつけるエンブレムの形式は、これまで強調されてきたような挿し絵本の伝統からだけではなく、むしろ法学提要書や参考書に特徴的にみられるものであることを、Houghton古文書館やSuzznllo古文書館などの一次資料から十分な裏付けをもって証明できることがわかってきた。この成果は国際学術誌に投稿準備中である。 3.前年度の記憶術に関して得られた知見(新プラトン主義記憶術とエンブレム形式記憶術は異系譜)を梃子にして、神話・博物にアルチャートが付した教訓は、普遍的理論に基づく内面的生活を律する規範ではなく、時代の社会生活に即した外的規範を提供していることがはっきりとした。これによって、『エンブレム』は、日常の現実世界よりもむしろ叡智界へと人間精神を導くシンボル形式という従来の捉え方とは対極にたつ、日常社会生活にのっとった解釈の地平が開けてきた。1と3の知見は、『エンブレム』(現在翻訳中)に付ける解説論文として発表する。
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