今年度は、特にシチリア王国の法典である1231年のLiber Augstalisの訴訟法規定の分析が著しい進捗を見た。その全規定を正確に解釈すると共に、ローマ法源、教会法源、同時代の教会裁判所、世俗裁判所の実務との比較を行なった。訴訟法の規定は、Liber Augustalisの中でも大きな部分を占めるものであり、その分析は中世ヨーロッパを代表するこの法典の歴史的な性格規定のためには極めて重要である。 この分析の結果、裁判権の編成については、大幅にノルマン期の伝統に依拠していること、召喚については丁度Liber Augustalis発布の頃に集大成されはじめた学識法的訴訟法の基本原則を大枠で維持しながら、その範囲内で訴訟の能率化を図っていること、出頭の強制についても、普通法訴訟理論と比較すると高権的色彩は強まっているものの、法典発布以前の実務と比較するとむしろ被告に有利な規律がみられること、和解の可能性が普通法法源に比べて制限されていること、証拠法の面では、当時の教会法の訴訟法と比較して(理由づけなどにおいて特色はあるが)大きく異なる点はないこと、糾問手続きを世俗の立法としてはいち早く導入するものの、当時の教皇庁が打ち出していた諸原則を大きく乗り越えて、被疑者の手続的権利の制限により犯罪者の刑事訴追を容易にするような傾向は必ずしも見られないことなど、多くの事実が明らかになった。 そのほか、東京大学法学部所蔵のア-ドルフ・ヴァッハの文庫に収められている訴訟法関係の図書について調査し、そこにおける近世教会法訴訟法の理論と実務にかかる文献を検討した。
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