この研究は、平成七年度補助金の交付を受けた研究課題「江戸時代前期幕藩法の比較研究」(一般研究(C)、課題番号07620006)の成果を基礎としつつ、これを更に拡大・発展させ、江戸幕府法と諸藩法の比較を通じて、江戸時代前半期を中心とした幕藩体制下における法構造を総合的・立体的に再構成することをめざしたものであった。研究計画に従い東京・京都を中心とする図書館・史料館等に主として幕府法関係の史料調査に赴き、また設備備品費により藩法史料等を購入して、ほぼ当初の予定通りに研究を進めることができた。主要な成果として、第一に、通説では江戸時代の裁判は「行政」的性格が強く、また民事裁判(出入筋)においては刑事裁判(吟味筋)におけるような先例主義・判例法は発達しなかったとされているが、利息付金銭消費貸借に関する単純な給付請求たる金公事(金銀出入)は近代的「司法」に繋がり得るものであったこと、またその執行手続(身代限)について大坂町奉行所では「判例法」と称すべきものがある程度形成されていたことを明らかにし、これらを論文「近世民事裁判における判例法の形成」としてまとめた。第二に、明律系藩刑法典の白眉として名高い熊本藩「刑法草書」に関して、天保十年に編纂された「御刑法草書附例」は「法典」といわれているが、実質的には制定法(法典)と法曹法(先例便覧)が渾然一体となった法源であること、また熊本藩の徒刑制度が江戸幕府の人足寄場に影響を与えたとされることについて、無宿対策としての制度的系譜という面ではやはり直接繋がらないものであることなどを究明し、その要旨を小林宏・高塩宏編『熊本藩法制史料集』(創文社、1995年)に対する書評の中で展開した。以上のほか、裁判・刑事統計史料、私的刑罰権(敵討・妻敵討)などに関する幕藩の新史料を発見・収集することができたので、更に研究を深めた上で順次論文として公表すべく準備中である。
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