断定的判断の提供を伴う証券投資勧誘は明示的に禁じられている。しかし、証券投資におけるリスクが不確定なのは通常の投資家にとっては常識のはずなのに、それをわざわざ規制し、また民事責任が認められる場合もあるのはなぜか。近時のわが国証券投資勧誘事件や米国の証券・商品取引の事件を素材に、断定的判断の提供が投資家の意思決定を歪曲したと考えられる事例を検討したところ、専門家としての証券仲介業者への信頼を背景に、証券価値への影響が大きい不確実な情報の断定的な提供が問題となっていることが明らかとなった。これは証券取引法が断定的判断の提供として禁じている行為の典型ではない。後者では、「意見」の表明が問題となるが、「意見」そのものより事実の表明の方が意思決定の歪曲の可能性は大きい。これは、伝統的な不当表示理論における事実と意見の二分法を想起させる。しかし、意思決定を歪曲させる危険性は事実と意見の区分が流動的な領域であり、それゆえ断定的「判断」の提供を規制することに意味があるのである。また、断定的判断の提供が問題となった事例で、形式的には不確実な情報であることが開示されていることが多い。投資者の意思決定の合理性を過度に信頼するならかかる開示で十分という見方もあるが、専門家の判断を信頼し、情報処理能力に限界のある一般投資家の場合かかる開示だけでは意思決定の歪曲が是正されないケースが多い。かかる点からいわゆるbespeaksの法理の導入には問題があることを明らかにした。 なお、投資者の意思決定を歪曲したような事例で損害賠償が問題となるとき、わが国ではいわゆる現状回復型損害が認められており、法律行為の効力論との関係で評価矛盾となるのではないかという指摘があったが、米国の判例法理もわが国と同様の展開を示していることとそれが意思決定の自由の回復の点から正当化されていることがわかった。
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