表現の自由と個人の人格権は共に、憲法で保証された基本的人権であり、その対立の調整は極めて慎重でなければならない。刑事事件報道における被疑者・被告人の人権と表現(報道)の自由との衝突に関する事例研究を行った。ケーススタディとして、1981年に逮捕され95年に無罪が確定した大分・みどり荘事件の輿掛良一さんの報道被害、94年6月の松本サリンでの河野義行さんに対する捜査とメディアによる人権侵害、米国アトランタ・五輪公園爆弾事件の第一通報者リチャード・ジュエルさんの事例を取り上げた。日米の犯罪報道を比較研究した。また、神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件、東京電力社員殺人事件などでの被害者のプライバシー侵害問題も調査した。少年事件での実名・顔写真の掲載、文藝春秋の少年供述調書の掲載などが相次いだことで、これらの少年法違反の取材・報道に関して、現場記者、捜査当局者、一般市民などから聞き取り、アンケート調査を実施した。その結果、取材記者は警察情報にほぼ依存しており、捜査当局の監視機能は働いていないことが分かった。報道現場で犯罪報道の構造を改革を求める声が強いことも分かった。 人権と報道のテーマは、97年8月末に起きたダイアナ元英皇太子妃の事故死で、世界的な問題となった。ジュエルさんと対メディア訴訟の代理人であるワトソン・ブライアント弁護士が97年10月に来日、二人から詳しく当時の事情を聞いた。さらに北欧、英国など諸外国の事例との比較も検討した。放送界でもNHKと民間放送連盟が97年6月に苦情対応機関、「放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO)を設置.BROは98年3月に米サンディエゴ教授妻娘殺人事件報道に関して初の見解書を発表。プレスにおいては新聞協会が協力しないために、新聞労連が独自で98年3月に報道被害相談窓口をスタートさせた。日本に生まれつつあるメディア責任制度の問題点を明らかにして、その解決方法を提示した。
|