1973(昭和48)年、変動為替相場制の誕生以来、早くも四世紀半を経過しようとしている。その前半部分に相当するのが、「不確実性の時代」(ジョン・ケネス・ガルブレイス)と称される70年代である。60年代まで威力を発揮した経済理論と経済政策がいわゆるスタグフレーション現象の蔓延によってともに精彩さを欠かれ、反古にも等しいものとなった十年間であった。変動相場制そのものも、そうした「不確実性の時代」の一産物であった。ところが変動相場制に国際収支の自動的な調節作用を期待する見解が根強く存在する。そうした見解が登場する客観的な背景を示すとともに、誤りを理論的に証明すること、これらふたつが本年度の研究課題であった。 レ-ガン政権下の1980年代がつぎの分析対象であるが、この時期についても同様に購買力平価説の適用が可能である。管理フロートの典型が「プラザ合意」という国際金融の歴史上の画期的事件であったとすれば、その後の為替の動きは、購買力平価の独壇場でだったからである。当該時期において、第一次レ-ガン政権期にあたる80年代前半のドル高がどのような弊害をアメリカにもたらしたか、そして、第二次レ-ガン政権期の「プラザ合意」にはじまる80年代後半のドル安がどのような教訓をアメリカにあたえたか、これらの2点を次年度の分析課題としたい。
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