本年度は、代表者は、研究成果の一部を単著『ロシアの体制転換』(日本経済評論社刊)に発表し、ロシアの体制転換の基本構造を明らかにした。その上で、本年度の研究実施計画にもとづき、民営化企業の所有構造と企業行動、国民や企業長層の経済意識、労使関係の特質などを、ロシアで行われた実態調査データを利用しながら解明し、一方では、市場経済化が進行している状況(例えば民営化の基本的完了やインサイダー・モデルの変容、市場を念頭に置いた企業行動や競争圧力の増大など)を把握するとともに、所有構造の変化を緩慢にしている資本市場の未発達や、国家やインフォーマル情報ネットワークへの依存、温情主義的適労使協調主義といった「社会主義」時代の惰性から容易に脱却できない状況をも明らかにしえた。また特にロシアの中小企業について、長期不況や政府の不適切な経済政策や経済の犯罪化などによってその正常な発展の芽がつみとられている状況を把握し、これを9月の訪ロ(モスクワおよび地方都市ウファ・カザン)のさいにも確認しえた。 分担者は、8月の現地訪問(モスクワ、カザン)で経済教育の実情を視察するとともに、それと、経済教育など必要としないロシアの「バザール経済」状況(バーター取引、かつぎ屋など)とのギャップの大きさを実感した。さらに、市場主体形成を追う中で、体制転換前後のロシア社会の社会変動にまで視野を広げ、形成されようとしたミドルクラスが度重なる経済危機の中でますます縮小していく状況を明らかにした。 以上の両者の経済学的・社会学的研究を通じて、市場経済化の掛け声にもかかわらず、新しい資本主義社会の基盤となるべき社会階層(ペレストロイカ期に出現)が、ノメンクラトゥーラ主導の資本主義化。それを体現したエリツィンの経済自由化政策の中で掘りくずされていく状況が明らかにされた。3年間にわたる研究成果は、ロシア人研究者の寄稿を得て、最終報告書(別冊)に発表される。
|