本研究は、経済学者と教育社会学者とが協力して、ロシアにおける市場経済への移行を、経済主体の形成という側面から明らかにしようとしたものである。 経済学的研究の分野では、まず第一に、ロシアにおいて資本家階級と労働者階級とがどのようにして形成されてきたのかを追跡した。民営化によって国有企業はノメンクラトゥーラ・エリートの手に移り、そこで働いていた労働者はそのまま雇用労働者に転化したが、この結果、「社会主義」時代を引き継いだ独特なパターナリスティックな過渡的労使関係が成立していることが明らかにされた。次いで、体制転換後のロシア企業がどのような所有構造をもち、どのような行動をとっているかを分析した。株式所有においてはインサイダーの比重が高く、コーポラティズム的・レントシーキング的行動が目立つなど、草の根的小企業の未発達を含めて、合理的な経営主体の形成が困難な状況が明らかにされた。 教育社会学的研究の分野では、市場経済化に伴う人材養成、特に経済教育の実態を、学校教育と生涯教育の両面から調査し、改革後ロシアでもビジネス教育産業が急速に発展しているものの、教員養成の立ち遅れやカリキュラムの不備など質的にはなお大きな問題を抱えていることが明らかにされた。また社会階層の観点から、市場経済の担い手としてのミドル・クラスの形成過程を考察し、ノメンクラトゥーラ主導の体制転換と新自由主義的市場化改革のもとで、一たんは形成されかけたこの層が今や大幅な縮小を余儀なくされている事情を明らかにした。
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