本年度は経済発展過程における政府と民間の関係についての概念的枠組の整理および大正期システムについてのその応用による分析という2つの側面について成果があがった。 概念的枠組みの整理については、論文 ″Industrial Interests vs.Class Interests ; Conflicts over Income Distribution in the Economic Development of Japan and Brazil″ (International Economic Association Round Table Conference on The Institutional Foundation of Economic Development in East Asiaのプロシ-ディングとして、Mcmillan社から出版される予定)を執筆した。この論文では、市場メカニズムでは最適な所得分配が必ずしも達成されないことをふまえて人々が分配上のコンフリクトをどのような形で利益集団としてまとめあげ、いかなる形で政府とインターフェイスをもつかということが、経済システムのあり方を基本的に規定するのではないかという仮説を提示している。すなわち日本とブラジル両国の高度成長期(日本では1955-1974年、ブラジルでは1967-1974年)をとりあげ、その分配をめぐる政府・民間の接点の違いがいかなる成果の違いをもたらしたかを詳細に論じた。具体的にはブラジルでは分配のコンフリクトは階級間対立のかたちで調整され、戦後日本では産業間対立の形で政府とのインターフェイスをもつという整理がなされる。日本のケースの方がマクロ安定性や産業政策の有効性の意味では効率性をもつが、他方では制度の硬直性という欠陥をもつことが示唆されている。 論文 ″The Fall of the Taisho Economic System″ (Hugh T.PatrickのFcstschrift論文集として刊行の予定)は、上記の概念的枠組みの拡張版を日本の戦前期大正期の経済システムの崩壊の問題に適用したものである。大正期システムの失敗の理由を所得分配上のコンフリクトの調整の失敗、産業構造高度化の遅れおよび両者の相互関連の作用に求め、何故経済停滞が政党政治の終焉と軍国主義への屈服にいたったかについての、ひとつの仮説を提示することが試みられている。分配コンフリクトの調整失敗の理由は従来型の地域対立に加えて階級・産業間対立の発生というコンフリクトの重層化にもかかわらず、地域利害の調整という調整に終始したことが指摘される。この仮説は有泉貞雄氏の地方的利益誘導メカニズムの破綻という仮説を一般化したものになっている。またこの仮説から導かれる所得分配の悪化は農村からの未熟練労働供給の増大というメカニズムを通じて、産業構造の硬直化という現象に結びつけられており、従来の二重構造論を政治経済学の方向に拡充するというメリットももっている。 次年度はこれらの研究を基礎にして、高度成長期経済システムとの比較研究に進む予定である。
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