ロシア国民の生活水準が毎年低下しているなかで、モスクワ市民に限っては1995年ぐらいから顕著な改善が観察されるようになった.しかし、この肉眼的観察と公式統計および調査との食い違いをどのように説明するのかに研究対象を絞り込んだ. 1.1992年以降、脱税目的で現金取引や現物取引の比重が増大し、労働賃金統計が所得の実態を反映できないことを、現代ロシアにおける賃金支払い形態の研究によって明らかにした.そこでは法外な水準の税金から逃れるための、現金払い賃金の問題が触れられている.さらに民間企業では「請負システム」、「歩合給制度」による所得の隠蔽が横行していることを明らかにした. 2.モスクワ市民の生活水準についての詳しい情報は「モスクワ市統計局生活水準調査課」の全面協力を得て、ミニセンサスを活用できた.さらにロシア連邦労働省付属生活水準研究所からも研究上の協力を得、多くのアンケート調査の結果を分析できた. 3.しかしながら、統計上の賃金所得と実際の所得との乖離は概ね30%程度にとどまることが分かり、旺盛な消費ブームをうまく説明できない.これはモスクワ市当局の統計手法では上位10%の富裕層と最下位10%の貧民層が処理に際し除外されていることに原因があり、最上位の1%の人々だけがますます富裕になっていることがうかびあがった. 4.モスクワ市民の大多数の生活水準は労働省が定めた「生活最低限」を大きく下回るが、アジアやアフリカのような悲惨な生活があるわけではなく、健康で文化的な生活がそれなりに保証されている.これは、もともとソ連時代から欠乏に対処するメカニズムが市民生活に根をおろしていたおかげである.このメカニズムを計量的に研究できたのも大きな成果である.
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