平成8年度には主に戦前期の、同9年度には戦前から戦後にかけての、同10年度には主に戦後期の、新聞、雑誌、各社社史などの文献・資料の収集と関係者のヒアリングに努めた。その結果、平成8年度には、松下、早川、山中などの、同9年度にはNHK、東芝などの、同10年度には戦後の各電子部品企業の、各資料の収集を行うことができ、それらを分析した。新たに得られた知見は以下のとおりである。 1. ラジオ放送開始当初の電子部品は自作が多く、受動電子部品産業はほとんど成立していなかった。 2. ラジオ・セットは、鉱石式から真空管式、エリミネータ化へと進化したが、それにともない受動部品にも高度な性能が要求され、1930年代半ばには炭素皮膜抵抗器や電解コンデンサなどの新しい部品が登場、普及した。その過程で電子部品市場が拡大し、受動電子部品産業が形成された。 3. その産業の構成者は、一方に多数の専門中小企業があり、他方には有力な多角経営大企業の一部門としての部品生産と有力セットメーカの内製があった。 4. この形成期の電子部品産業の構造は、技術革新にとっては良い環境ではなかった。 5. その結果、終戦直後の日本の電子部品の性能、品質は大きく国際水準より劣っていた。 6. 戦後の部品の技術革新にとっては、「電解蓄電器研究会」や「紙蓄電器研究会」、「関西抵抗体委員会」などの、公的研究機関、部品企業、材料企業などによる共同研究が大きな意味をもった。 7. テレビ等、新しい民生用電子製品の登場は、それでも電子部品の性能、品質は全く不十分であることを明らかにした。さらなる革新と品質の向上、および量産が求められ、それに対応できた電子企業が高成長をとげた。
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