研究概要 |
昨年度までの研究により、Si(111)-(7x7)表面における光誘起構造変化が、表面電子励起状態の、アドアトムサイトへの非線形的局在による局所的結合切断に起因する空格子点生成及びSi原子脱離であることが明らかとなった。一般に、半導体表面における光誘起構造変化が局所的結合切断によるものとすると、誘起される現象は表面原子間の結合性、表面の微視的な構造や電子状態の性質に強く依存することが考えられる。今年度は、半導体表面における光誘起構造変化に関する知見を系統的に体系化するため、代表的III-V属半導体であるInPの(110)緩和表面で発生する光誘起構造変化の特徴とその機構を明らかにすることを目的として研究をおこなった。 劈開により得られたInP(110)緩和表面に、表面電子状態間の遷移エネルギーに共鳴した波長460nm(2.7eV)のパルスレーザー光を照射し、誘起される構造変化をトンネル顕微鏡(STM)を用いて直接観察するとともに、脱離粒子の高感度測定をおこなった。STM観察の結果、表面P及びIn完全格子サイトに、光励起により新たに空格子点(vacancy)が生成されることが明らかとなった。また、Pサイトでは、In-Pチェーン方向に伸びたvacancy stringの効率的生成が観察された。照射後の表面には溶融や熱的過程に特徴的な構造は見られず、上記の結果は電子的過程による局所的結合切断によりvacancyが生成されるものと考えられる。また、同一励起強度領域における各脱離粒子(In,P及びP_2分子)の飛行時間スペクトルは励起強度に依存せず不変であり、この表面での結合切断が熱的過程でなく電子的過程によることを強く示唆している。 生成されたvacancyの数密度は、照射dose量の増大とともに、初め線形に増大し、数%程度の濃度で飽和した。完全格子サイト数がほとんど変化していないことから、脱離効率が照射doseとともに急激に減少していると結論できる。同様の測定をいくつかの励起強度で行い、線形領域での傾きよりパルス当たりのvacancy生成効率(完全格子サイトにおける結合切断効率)を評価した。生成効率の励起強度依存性は強い非線形を示し、電子的結合切断に非線形な過程が含まれていることが明らかとなった。さらに、この非線形の振舞いを解析した結果、(1)観測された非線形が2正孔局在によるモデルでうまく説明できること、(2)生成効率の飽和及びIn-Pチェーン方向に伸びたvacancy strings生成の振舞いが、光学遷移により生成されたIn-Pチェーン方向に広がった2次元自由正孔のvacancyサイトへの効率的捕獲により説明できることが分かった。
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