最近になって弱い液体を中心として液体ガラス転移のダイナミクスの研究が理論、実験ともに盛んに行われるようになってきた。その理論のなかで最も有効とされているモード結合理論から導かれる結果について、広帯域スペクトロスコピーの詳しい実験を行って、その検証を行うのが本研究の目的であった。本研究は単年度研究であるが、これまでの測定技術の蓄積を十分に活かして、以下のような成果をあげられた。広帯域誘電測定では、時間領域反射法装置の導入により、より高い周波数まで測れるようになり、これまで用いてきたインピーダンスアナライザーと組み合わせることにより、1ミリルツから20ギガヘルツに至る極めて広い範囲の誘電測定が可能となった。その結果、プロパノール等の低級アルコールについてアルファ緩和の温度依存性を調べ、拡張指数型緩和関数のパラメータの温度依存性を詳しく調べることができ、臨界温度Tc以上ではほとんど温度に依存しないというモード結合理論に合う結果が得られた。また、緩和時間の温度依存性もTc付近でVTF則からずれ始めることもわかったが、モード結合理論の予想する様な急激な変化は見られなかった。さらに高温側の感受率スペクトルは広帯域の光散乱実験により調べられ、アルファ緩和がギガヘルツにくる高温の液体状態において、アルファ緩和からベータ緩和に至る領域のモード結合理論のべき乗則からの明らかなずれが観測された。以上のことから、モード結合理論は、非常に広い帯域の感受率スペクトルの温度依存性を定性的には十分に説明できるが、定量的な解析に用いるためには、Tc以下でのホッピング過程と、ボソンピークに対応する局在振動を取り込む必要があることがわかった。
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