研究概要 |
昨年開発した蒸着試料用中性子散乱クライオスタットに,本年度の備品で購入したディジタル精密圧力計(横河電機MT110)を組み合わせることにより,蒸着気体の圧力を精密制御するためのシステムを完成させた。この装置を用いて,プロピレン分子(CH_2=CHCH_3,T_g=55K)の蒸着ガラスを作成した。蒸着は,20Kのセル内壁に約5時間かけて0.13mmの厚みになるように行った。この試料に対して,高エネルギー物理学研究所のLAM-40分光器(0.5<ω<10meV)を用いた中性子非弾性散乱実験を行った。実験蒸着試料を18Kで測定後,T_g付近で約7hアニールした後に再び18Kで測定した。 蒸着試料とアニール試料の動的構造因子において,2-3meV付近に顕著なボゾンピークが観測された。アニールによって,低エネルギー側の動的構造因子が削り取ら,結果としてピークエネルギーが高エネルギーシフトすることが分かった。この結果は,これまでにメタル-メタロイド系や高分子系の液体急冷ガラスで得られている結果と同じである。動的構造因子から,1フォノン非干渉性散乱を仮定して,振動状態密度を計算し,低エネルギー励起のモデルとして現在最も良く用いられるソフトポテンシャルモデルを用いて解析した。蒸着試料とアニール試料の両方に関して,振動状態密度はデバイモデル(正常部分)とソフトポテンシャルモデルの組み合わせでほぼ再現された。今回の結果は,分子性ガラスの低エネルギー励起がガラスの乱れた構造やひずみによって引き起こされたポテンシャルのソフト化に関係していることをはっきりと示している。 次年度は,分子内コンフォメーションをもたないベンゼンと水の蒸着実験を行いたい。また,非弾性散乱実験と平行して,WINK分光器(0.015<Q<12Å^<-1>)による重水素置換した試料の回折実験も行いたい。
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