原子のRoothaan-Hartree-Fock(RHF)波動関数は、それ自身、原子の電子状態の解明に基本的情報を与えるだけでなく、分子や分子系の電子状態研究の基礎となっている。ヘリウム(原子番号2)からキセノン(原子番号54)までの53個の原子に対するRHF波動関数は、1974年、ClementiとRoettiによって報告された。また、セシウム(原子番号55)からウラン(原子番号92)までの38個の原子に対する波動関数は、1981年、McLeanとMcLeanによって出版された。これらの波動関数は、今日まで長い間、標準的な原子波動関数として原子分子の研究分野において幅広く国際的に利用され続けている。 しかしながら、これらの波動関数には、(i)原子の正しい基底状態に対応していないものがある、(ii)開殻を持つ原子で、結合定数を誤っているものがある、(iii)変分パラメータの最適化が不十分である、(iv)正確な電子状態の記述に必要な基底の大きさが検討されていない、といった数多くの問題があることも知られている。本研究の目的は、これらの問題をすべて解決し、信頼できる正しい原子波動関数表をヘリウムからローレンシウムまでの102個の原子に対して作成する事であった。 ヘリウムからキセノンまでの原子に対しては、必要な基底の大きさを検討した上で、基底関数の変分パラメータの十分な最適化を行い、改良された波動関数を作成した。これらの波動関数の全エネルギーは数値的Hartree-Fock(NHF)法のそれをほとんど再現している。しかし、波動関数の性質を詳細に調べてみると、例えば、軌道動径関数の原子核近傍での挙動(カスプ挙動)や原子核から離れた点での挙動(遠距離漸近挙動)などに正しいHartree-Fock原子軌道の振る舞いからの誤差が見られた。そこで、さらに、真のHartree-Fock原子軌道が満たすべきいくつかの性質を制約条件として、変分パラメータの最適化をやり直し、真にnear-Hartree-Fockと呼べるRHF原子波動関数の開発も行った。セシウムからローレンシウムまでの原子に対しては、正しい基底状態の検討から始め、必要な基底の大きさを決定した。McLeanとMcLeanの結果は、特に、dとfの対称性で基底が不足していることが明らかになった。パラメータの徹底した最適化により、波動関数の精度が格段に向上した。 本研究で開発した一連の高精度な原子波動関数は、今後の原子・分子の電子構造の研究に基本的な情報を提供する重要な研究成果といえる。
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