本研究では、(i)気相分子集合体の負イオン(分子クラスター負イオン)に特異的に起こるイオン-分子反応を見つけ出し、(ii)その反応機構が分子クラスター負イオンの電子構造や幾何構造とどのような相関を持つかを明らかにすることを目的とした。具体的には、二酸化炭素分子のクラスター負イオン(CO_2)_n^-について、(1)レーザー光電子分光法を用いて反応試剤としての(CO_2)_n^-の電子構造を調べ、(2)ハロゲン化アルキルとの反応によって生成する負イオンを質量分析法によって同定した。さらに、(3)反応生成物の電子構造をレーザー光電子分光法によって調べ、(4)ab initio計算を用いて生成物の幾何構造・電子構造を推定した。 この結果、(CO_2)_n^-の電子構造について、2≦n≦6およびn≧14のサイズ領域では(CO_2)_n^-内にC_2O_4^-が形成されていること、7≦n≦13ではCO_2^-がイオン芯となっていることが判った。また、(CO_2)_n^-をCH_3Iと反応させると、主生成物としてacetyloxyiodide負イオン(CH_3CO_2I^-)が生成することを見いだした。この反応はハロゲン化アルキルの中心炭素原子に関して立体障害を受けることから、S_N2過程で進行していると結論した。また、ab initio計算からCH_3CO_2I^-の余剰電子はO-I反結合性軌道に束縛されていることが明らかになった。今回得られた結果は、(CO_2)_n^-が親核試剤としての反応性を持つことを実験的に示した最初の例であり、反応不活性なCO_2をクラスター内で還元的に活性化することにより、一段階反応での直接カルボキシル化に成功した。以上により、気相分子集合体の負イオンを用いた新しいイオン-分子反応を見いだすことができた。
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