固体表面及び表面吸着種の励起ダイナミックスは、光触媒、光エネルギー変換、半導体材料の製造など多くの応用分野において、また、これらの電子論的理解という点では基礎研究としても多いに注目されている。しかしながら、これらは励起状態における表面-分子系の構造変化、エネルギー移動、電子移動などを含んでおり、実験的に全過程を理解することは非常に困難である。本研究では、理論的な立場からこのような表面励起ダイナミックスの電子過程を明らかにすることを目指した。具体的には、表面吸着種のSTM像、Mo(CO)_6の光分解反応、表面-分子系の多光子吸収過程に関して、これらを取り扱う理論の構築から各現象の電子的メカニズムの解明に至るまで研究した。 1.表面吸着種のSTM像:Ag(111)面の場合、ベンゼンはthree-fold hollowサイトに吸着することが知られているが、その構造は2通りある。この2通りの吸着ベンゼンに対して、我々が先に提案したSTMの分子軌道モデルを適用した。その結果、一方は炭素の6個のピークが見られるが、もう一方は3個のピークしか現われなかった。これは、表面-分子間の相互作用が大きいことを示しており、実験的に観測されているピークとも対応する。このようにSTM観察とその理論シミュレーションの両方を用いることにより、より多くの情報が得られることがわかる。 2.Mo(CO)_6の光分解反応:Mo(CO)_6は、気相中及び表面上において光分解することが知られている。本研究では、CO分子が1個あるいは2個同時に解離する過程について、基底及び励起状態のポテンシャル面を検討した。その結果、1個解離する過程は、低エネルギーの光学許容な励起状態から導かれ、一方、2個同時に解離する過程は、高エネルギーの光学禁制な励起状態から導かれることがわかった。表面吸着種の場合、後者も表面場の影響により遷移モーメントを持つため、より起こりやすくなることも明らかとなった。 3.表面-分子系の多光子吸収過程:Pt表面からCO分子が光刺激脱離する場合、入射光強度に対して非線形の応答をする脱離が観測されている。つまり、多光子吸収した状態が関与している。このように気相分子ではみられない(起こりにくい)多光子吸収が、なぜ表面吸着種でみられるのかを本研究では検討した。その結果、CO分子のn-π^*励起の場合、気相分子では基底状態とn-π^*励起状態の間に中間状態が存在しないのに対し、Pt表面ではCO-Pt間の電子移動状態がちょうど中間状態として働くことが示された。さらに、いくつかの固体表面についても調べた結果、常に多光子吸収が増強されるとは限らないことも明らかとなった。
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