DNAを構成する4種の塩基は、その組み合わせがDNAの高次構造を決定するだけでなく、酵素との認識反応の中心でもある。DNAの光照射によって形成されるチミンダイマーは、DNAの複製過程の障害となり突然変異を引き起こしうる。本研究では、この損傷塩基の特質とこれを元の塩基に戻すメカニズムについて、非経験的分子軌道法と分子動力学法を用いて明らかにした。まず、元のチミンの振動モード、IR強度、およびラマン強度を非経験的分子軌道法によって計算することによってチミンに特有な吸収の振動モードを特定し、実測のスペクトルを解釈することができた。さらに、チミンダイマーについても同様の計算を行い、チミンダイマーに特有な振動モードを特定した。チミンダイマーにおいて形成されている四員環はパッカリングによって二つの安定構造を示す。チミンダイマー単独の場合はその二つの構造は本質的に同等であるが、DNA中においては異なる高次構造を引き起こす。この二つの構造の変換の障壁の高さは数kcal/mol程度であり、また、この障壁はチミンダイマーがラジカルカチオンになるとさらに低くなる。チミンダイマーが元の二つのチミンに戻る反応は軌道の対称性によると禁制反応であるが、ラジカルカチオンとなることによって容易に進行する。したがって、チミンダイマーと特異的に電子をやりとりする分子の存在が、この修復反応が容易に進行するためには必須である。 生体高分子の構造は、回りの分子との相互作用によって変化する。プロリン残基の五員環はその環境に依存してパッカリングのしやすさが変わることを、独自に導出しているポテンシャル系を用いた分子動力学法計算から明らかにし、さらに、NMRによる実測によってそれを実際に確認した。独自に導出しているポテンシャル系はこのような構造変化を表現することができ、生体高分子の特異的相互作用の解明に重要な役割を果たす。
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