研究概要 |
本研究は、電子供与体と受容体の二成分からなる電荷移動錯体をモチーフとして、酸化還元型の新しいホトクロミズム系を提案しそれを実現することを目的としている。このような系を実現する為には、一方の成分が動的酸化還元挙動を示すもの、即ち、電子移動に際して可逆な結合生成と切断が起こるものを利用することが必要となる。これにより光照射時にのみ相互変換が起こり暗所では中性状態およびイオン状態の双方が安定に存在するという二重安定性が達成されると予想される。平成8年度にはヘキサアリールエタン型の構造を有する新規電子供与体である9,9,10,10-テトラアリールジヒドロフェナントレン1とその2電子酸化により生成するビス(トリアリールメタン)型ジカチオン色素1についての検討を行ない、平成9年度は電子受容性部分を有するビフェニル型色素を設計し、その還元によってC-C結合形成が起こる系を中心に検討を行なった。後者での中心的研究対象である2,2′-bis[dicyano-1-(4-dimethylaminophenyl)]-biphenyl3は,可視部にジシアノビニルアニリン骨格に由来する吸収極大を示す。そのサイクリックボルタモグラムは、2電子移動によってジヒドロフェナントレン型に閉還していること、また無色のジアニオンは酸化により3を再生することを示唆した。SmI_2によって発生させたジアニオンを酸でクエンチすると、立体特異的にトランス型に閉環した化合物4が高収率で単離された。このものは短時間の加熱によりエナミノニトリル型化合物5へと異性化し、そのものの酸化ではもはや3は生成しなかった。以上の結果は、この系が「書き込み禁止」オプションのついたエレクトロクロミズム応答系となることを示す結果である。本研究で扱った分子群は嵩高い置換基を有するためか、結晶性電荷移動錯体を与えにくく、固体状態での光誘起電子移動反応の検討には至らなかった。
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