研究概要 |
研究代表者らは,有機化合物の電荷移動錯体(CT錯体)の光照射による電子移動の起こりやすさと,電子受容体と供与体間の相互作用の強さの関係を,主として生成物の化学収量と量子収量の観点から明らかにすることを目的に,研究を開始した.また,CT錯体の結晶中では分子が位相化学的な制約ももとに置かれているので,溶液中とは違った反応性を示すのではないか?という理由から溶液と結晶中の反応性を比較した. 最初に,強い電子受容体としてテトラシアノエチレン(TCNE)を,供与体としてアセナフチレン(ACN)を選んだ.一般に強い相互作用をCT錯体の吸収波長光を照射(CT励起)しても,せっかく生成したラジカルイオン対(IP)からの逆電子移動速度が速すぎるため,反応は起こらない,溶液中でACN-TCNEをCT励起したところ,予想どおり全く反応は進行しなかった.ところが,同じ系でACNのみを選択的に励起したところ,反応は進行し,ACNの2量体が2種類と,ACNとTCNEとの付加環化体が3種類単離同定された.ACN2量化の量子収量はTCNEの濃度に大きく依存した.これらの結果は,CT励起と直接励起では異なるIPが関与していることを示唆しており,現在さらなる研究を進めている. 一方ACN-TCNEのCT錯体の結晶を単離することができたので,CT励起による反応を試みたところ,反応が進行してACNとTCNEの[2+2]付加環化体を唯一の生成物として与えた.溶液中と結晶中における反応性の差は,溶液中では会合と解離を繰り返しているCT錯体も,結晶中では(反応に)都合のよい距離や角度が保たれていれば反応が進行する,という仮説を支持する.さらに,反応の選択性は,X線によって決定されたCT錯体の結晶構造と矛盾しない.これらの結果は,本年度のJ.Org.Chemに受理された. 来年度以降は,TCNEよりも弱い電子受容体をできるだけ多く選んで適当な供与体と組合せ,溶液中と結晶中の反応を比較するつもりである.さらに,CT励起と直接励起の反応性の違いの原因ついて,中間体のIPの性質という観点から研究を進めていきたい.
|