研究概要 |
研究代表者らは、有機化合物の電荷移動錯体(CT錯体)の溶液中と結晶中における光照射による電子移動の起こりやすさと,受容体-供与体相互作用の強さの関係を明らかにすることを目的に,研究している。昨年はテトラシアノエチレン(TCNE)とアセナフチレン(ACN)のCT錯体が溶液中のCT照射では反応しないが,ACNの直接照射では反応すること,また結晶中ではCT励起でも反応し|2+2|-付加環化体を選択的に生成することを見出した。 昨年発見した溶液中におけるACNの直接励起とCT励起による反応性の差を,生成するラジカルイオン対の違いから解釈した。すなわち,前者から生成する溶媒和ラジカルイオン対(SSIP)は逆電子移動による失活速度が遅いため,ラジカルイオンに容易に解離できるのに対し,後者から生成する接触ラジカルイオン対(CIP)は逆電子移動速度が解離よりもはるかに速いため容易に失活して解離することができない。 叉賀らによると,CT励起によるCIPからの逆電子移動速度は逆電子移動に要するエネルギー変化(-ΔG^0_<BET>)の増加に伴って直線的に減少する。この考えによると,TCNEのような高い還元電位のCT錯体は-ΔG^0_<BET>が小さいので反応性は低くなると予想され,我々の実験事実を支持している。 そこで,さまざまな還元電位を有する受容体を使って,CT励起による反応性を調べた。TCNQやDDTのような高い還元電位の受容体は-ΔG^0_<BET>が小さいために反応性が低いのに対して,無水マレイン酸やテトラシアノベンゼンのような比較的低い還元電位の受容体の場合は反応性がが高いことがわかった。この結果から-ΔG^0_<BET>が大きいほど生成したCIPからの逆電子移動が遅くラジカルイオンへの解離にとって有利に働く,と判断することができる。 来年度は量子収量を測定し,CT励起による反応性を定量的に評価すると共に,結晶中での特異的な反応についてもさらなる探索を進める予定である。
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