本研究は高温超伝導体への物理的キャリアードーピングの新しい手段として、銅フタロシアニン(CuPc)のようなキャリアーを光誘起できる有機物をYBa_2Cu_3O_<7-δ>(YBCO)などの高温超伝導体超薄膜の上に成長したヘテロ構造を作製し、有機金属を光照射することで励起されるキャリアーを高温超伝導体に注入し、超伝導特性を始めとする物性の変化をねらうものである。 実際に、CuPcとYBCOから成るヘテロ構造の形成について検討し、初めてその作製に成功した。YBCO上にCuPcを成長させた場合、CuPcの分子面がYBCO表面にほぼ平衡に並ぶ配向になることがわかった。その際、表面の粗さは下地のYBCOの粗さよりわずかに大きい程度であり、平坦な薄膜が成長することがわかった。YBCOと同様の結晶構造をもつPrBa_2Cu_3O_<7-δ>(PrBCO)とペロブスカイト構造のSrTiO_3(100)上にCuPcを成長した場合には、YBCO上とは配向は異なり分子面が基板にほぼ垂直になることがわかった。配向の違いは表面と蒸着分子との相互作用の強さによるためと思われ、YBCOとPrBCOとでは表面状態が大きく異なることが考えられる。その一因としては、YBCOの表面からの酸素原子の脱離が考えられる。 YBCO薄膜上にCuPcを成長した試料と成長しない試料に光を照射することで、ともに常伝導状態での抵抗値の減少が観察された。超伝導オンセット温度以下では、光照射による温度上昇の影響があり抵抗値はむしろ増加したが、温度を較正した結果、超伝導状態においても抵抗値が減少することがわかった。また酸素が脱離し半導体的に振る舞いを示すYBCO薄膜上にCuPcを成長した試料に光を照射しても、広い温度領域で抵抗値が減少することが観察された。この光照射による抵抗値の減少は、これまでに報告のあるYBCO中のCuO_<1-δ>鎖層の秩序回復がもたらすホールドーピングの結果とは異なり、光照射を断った後再び照射前の値に回復するため、純粋な光励起プロセスによりキャリアーが供給されている可能性が考えれる。CuPcを蒸着した試料としない試料とではYBCOのT_C等の特性が異なったため、CuPcからのキャリアードーピングについては明らかにすることができなかった。
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