研究概要 |
およそ3000種存在する硬骨魚類のうち約130種が、海と淡水の両方の住み場所を生活史を通して利用している。このような生活史型は「通し回遊」として知られている。「通し回遊」の生活史をおくる魚類は、河川や湖で産卵され、生活史のある時点までそこで過ごし、やがて海へ降り、再び産卵のために河川・湖に戻る生活史をおくるサケなどと(溯河回遊)、海で産卵され、淡水域で過ごした後に再び産卵のために海に戻る生活史をおくるウナギなど(降河回遊)に大別される。これらの生活史型がどのように進化し維持されてきたかは、進化生物学上の興味深い問題である。Gross(1987)は海と川の潜在的生産力の違いを緯度勾配に沿って概観し、そのパターンから溯河回遊と降河回遊生活史の成立パターンを説明した。「通し回遊」生活史の進化において最も重要な生理的障壁となるのは、異なる組成を持つ水界間の移動を行うときの体内の恒常性維持である。事実、多くのサケ類は海に降る稚魚の時期や大きさにより、イオン・浸透圧調節にかかる代謝コストが異なり、海水移行時の死亡率も異なる。生理的恒常性維持のためイオン・浸透圧調節は生活史を通して、あるスケジュールで行われていると考えられる。「通し回遊」のうち溯河回遊に注目し、生活史の初期において、降海のタイミングとイオン・浸透圧調節が進化的にどのようにデザインされるのかを数理モデルによって調べた。 成長(B)と生存(L)の過程を、生息場所(R:川,S:海)と体の大きさ(B)の関数として、微分方程式で表した。さらに生存(L)はイオン・浸透圧調節に振り向けるエネルギーの関数と仮定し、イオン・浸透圧調節に振り向けるエネルギーの割合(u(t))が多くなる分、成長に振り向けられるエネルギーの割合は減るものとした。生活史のある時期(T)においてB(T)・L(T)⇒Maxとなるように、生息場所、エネルギー分配をどのように選択すべきか、ポントリャ-ギンの最大化原理によって求めた。数理モデルから求められる生息場所の最適な選択は、淡水に産み落とされた卵から発生した個体が海に降るタイミングが進化的にどのようにデザインされたかを示すものと考えた。 モデルによって得られた顕著な結論として、卵の大きさと降海のタイミングがある。卵が大きいほど、降海のタイミングは早まることがモデルから予測された。種間、種内の実験・観察からこの予測を指示する結果が多く得られている。
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