平成9年度に行う予定であったPBAN分泌細胞の電気的活動の長期的記録に成功し、昆虫のペプチドホルモン分泌細胞の動態の驚くべき側面が初めて明らかになたので、主にその解析を行った。神経分泌細胞の活動の特徴は以下のとうりである。(1)数秒に一回の割合で活動電位を出し、この周期的発火はコーリング行動リズムとほぼ同期していた。(2)数分に1回の割合で発火頻度の増減があり、心臓が血液を頭部から尾部方向に送る期間である逆行性拍動期に増加し、その逆の順行性拍動期に低下していた。(3)電気的活動は概日リズム(明期に上昇、暗期に低下)を示すと共に、環境の明暗周期(16L8D)にも応答し、明期および暗期の開始10-60分後か一時的に上昇した。(4)活動電位の発生は、正常オスとの交尾あるいは去勢オスとの交尾の際の機械的刺激によってほぼ完全に抑制された。(5)交尾終了後、電気的活動は去勢オスと交尾した場合では再開された。一方、正常オスと交尾した場合では約半数の個体で電気的活動は停止したままであったが、残りの半数の個体では再開した。以上の結果より次のことが示唆された。(1)神経分泌細胞はコーリングリズム発生機構および心拍逆転機構からの支配がある。(2)交尾の際の機械的刺激によって分泌細胞は一時的に抑制され、精液中の精子または精巣由来物質による(化学的?)刺激によって長期的な抑制(交尾経験の記憶)になる。(3)本研究のような電気生理的実験では昆虫を固定する必要があるが、このような拘束条件下では、おそらく、第3の刺激として一種のストレスが加わり、長期的な抑制が消去(忘却)されるのであろう。
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