苔類のフタマタゴケ目の7科7属11種において、リグニンの生合成の中間代謝物質の分布を調べた。その結果、調べた11種すべては、フェルラ酸までの代謝物質を生合成していることを確認した。それより先の代謝物質については、フェルラ酸がアルコール化することによって生じるコニフェリルアルコールの有無について、上記11種中の4種で調べたが、何れの種からもコニフェリルアルコールは検出されなかった。苔類のゼニゴケ目においては、進化した分類群のみにフェルラ酸が存在し(これらにもコニフェリルアルコールは存在しない)、それ以外の分類群にはフェルラ酸は存在しないことがわかっているので、フタマタゴケ目と近縁でそれよりも原始的と考えられているコマチゴケ目の種を調べた。その結果、コマチゴケ目の種にはフェルラ酸がないことがわかった。そこで、フタマタゴケ目の姉妹群と考えられているツボミゴケ目(苔類)の7種においてフェルラ酸の有無を調べたが、これらはすべてフェルラ酸を含有していた(これらの種がコニフェリルアルコールを生合成しているかどうかについてはまだ調べていない)。なお、ツノゴケ類は非維管束植物では唯一、リグナンを生合成することが知られているが、今回調べた5種のいずれからもフェルラ酸は検出されなかった。これらの事実は、コケ植物においては、リグニン生合成系はフェルラ酸を生合成するところまで進化したが、その先の代謝系を獲得するにはいたらなかったということを意味していると考えられる。今後は、ツボミゴケ目の更に多くの種においてフェルラ酸の分布を調べると同時に、ツボミゴケ目にもコニフェリルアルコールがないことを確認することによって、上記の説の妥当性を検証することを計画している。なお、蘚類からはこれまでフェルラ酸の報告はないが、今回調べた3種のいずれからもフェルラ酸は検出されなかった。
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