研究概要 |
本年度は,過去2年間の成果にカマイルカの所見を加え,昨年度までに指摘できたハクジラ類には僧帽筋がないという従来の認識の誤りを正し,前肢帯周囲の筋とそれらの支配神経の所見について,ヒトを含む陸棲哺乳類の対応する領域の所見との比較を行い興味深い結果を得た. 材料:マイルカ科マイルカ(Delphinus delphis),ハンドウイルカ(Tursiops truncatus),カマイルカ(Lagenorhynchusobliquidens),カズハゴンドウ(Peponocephala electra) 方法:イルカ類の頚部と体幹前部を人体解剖と同様にきわめて慎重に解剖し,筋と神経の詳細な所見を得た.所見はヒトをはじめとする陸棲哺乳類と対比し,イルカの筋系の系統発生学的な検討を行った. 所見:神経叢を概観すると,マイルカ科の腕神経叢は第4頚神経(C4)から第1胸神経(Th1)までの7分節に第3頚神経からの成分が少し参加する.神経叢の腹側層の神経には分節が高い方から,肩甲上神経(C3-6),横隔神経(C3-6),頭側胸筋神経(C3-6),筋皮神経(C5-Th1〉,中間胸筋神経(C5-Th1),正中神経(C5-Thl),尺骨神経(C5-Thl),尾側胸筋神経(大胸筋腹部と皮幹筋へ;C5-Th1)があり,背側層の神経には同じく,肩甲下神経(C5-Thl),腋窩神経(C5-Th1),撓骨神経(C5-Thl),胸背神経(C5-Th1)がある. 考察:これらの所見を陸棲哺乳類の所見と比較するとこれらの形態は分節のズレや大円筋の欠如などの相違をのぞくとヒトの腕神経叢の形態に類似している.また存在する神経の背腹の層序の点では陸棲の四足哺乳類と本質的には同一の原則で構成されている.しかし,筋の種類,形状ではヒトとの類似性が高く,一般の四足噛乳類とはがなりの相違があったことは興味深い.四足哺乳類では前肢帯筋は体重の支持が大きな要素を占め,肩関節が機能的には蝶番関節のようにほぼ1軸性になっているのに対し,ヒトやイルカでは前肢(上肢)は体重の支持からは開放され,自由な可動性が大きな意味をもつ.このような機能上の類似性からヒト(霊長類)とイルカの前肢帯筋に収斂による類似性が生じた可能性がある. 以上のことからイルカを単に特殊な海棲哺乳類とするのではなく,陸棲哺乳類との厳密な対比をおこなってかれらの系統的な位置,あるいは哺乳類としての一般性と特殊性を明らかにするためにさらなる研究が期待される.
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