歯の大きさからみた日本人の時代的・地域的変異をもとに、日本列島住民の形成過程、および咀嚼器官の小進化に関する研究を行っている。この研究では、咬耗・磨耗・齲蝕等の影響を最小限に抑えるため、独自に設定した歯根歯頚部の計測法を用いた。九州大学、新潟大学、東京大学および土井ヶ浜遺跡人類学ミュージアムに保管されている人骨資料について、歯冠最大径と歯根歯頚部径の大きさに関する調査を行った。各時代ごとに統計的に充分な資料数の確保が完了しているわけではないが、現段階で得られているデータを統計解析した結果、以下のような興味ある時代的変化が明らかになった。全体的に大きな歯を持つ弥生時代から現代までのグループの中では、渡来系の弥生集団が日本の各時期を通じて最大値を示すが、それ以降の古墳時代・中世・現代へと時代と共に常に一定の退化傾向を示すわけではなく、時代とともにわずかの増減を伴いながら、最終的に若干の退化を示していた。全体的に小さな歯を持つ縄文時代・在来系弥生時代・近世アイヌのグループでも、縄文時代・在来系弥生時代から近世アイヌにかけて同様のわずかな退化傾向がみられた。しかし、最も興味深い結果は、最も長い期間である縄文時代内の時期的変化である。縄文時代の早・前・中・後・晩期にかけて歯の大きさの増大化傾向がみられ、この時期の世界的傾向とされている退化傾向とは逆の時期的変化を示していた。その時期的変化には、近遠心径と頬舌径の間、歯冠径と歯根歯頚部径の間で相違がみられた。また、このような歯の大きさの全体的な時期的増大化傾向に相反するように、歯種内では第3大臼歯の時期的退化傾向を示していた。このように縄文時代における大きな特殊性が明らかになったが、この要因の解明には環境の変化や身体と歯の大きさの比率などについて考慮に入れるべきであり、さらなる資料の追加を必要とする。
|