本研究は、高分子における赤外線の吸収過程および熱への緩和過程を、赤外域に拡張された温度変調分光法を用いて光学的に把握することを目的としている。水冷された銅の研磨表面に厚さ1μmのポリスチレン薄膜を付着させる。この表面にパルス状のCO_2レーザー光(波長10.6μm)を照射し、加熱する。このパルス光は、シンクロナスモーターに取り付けられた、可変スリットを有する歯車により得られる。パルス幅は2μs、パルス間隔は14μsである。この周期で、ポリスチレン薄膜は加熱・冷却を繰り返す。これに連動して、同じ歯車でパルス光となったHe-Neレーザー光(波長3.39μm)が同じ加熱面に照射される。この反射光強度が検出器により測定される。この時、歯車に垂直に入射するCO_2レーザー光をその接線方向へ平行移動させることで、2つのパルス光の時間遅れが設定できる。この時間遅れを300ナノ秒毎にパルス間隔時間(1周期間)まで変化させた実験の結果、ある特定の時間遅れにおいてのみ反射光強度が高くなった。この立ち上がりから、完全に初期の値まで戻る時間はおよそ2μsであり、この近傍で2つのパルス光が同調していることがわかった。すなわち、温度変調分光法が赤外域においても利用できることが明らかとなった。さらに、パルス光の時間遅れに関する時間分解能は3×10^<-7>秒であり、数百ナノ秒オーダーの加熱過程が光学的に検出できることを明らかにした。なお、CO_2レーザーの振動数はポリスチレン内のベンゼン環にあるC=C-Hの面外変角振動に近い振動数であり、He-Neレーザーの振動数は2つのベンゼン環の間にあるH-C-Hの伸縮振動に一致している。本実験の時間遅れに関する時間分解能は振動の緩和時間10^<-9>〜10^<-7>秒オーダーに極めて近いことから、本実験においてレーザー光吸収後の熱への緩和過程が捉えられる可能性が示唆された。
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