低次元系の励起子分子の輻射再結合過程を利用した短波長半導体量子井戸レーザを実現するために、本研究では、ベースに用いる半導体材料としてZnSに着目した。ZnSの励起子分子結合エネルギーは約9meVであり、この値はワイドギャップ半導体の中でも非常に大きい。従って、ZnSをベースに用いて作製された量子井戸内に形成される凝2次元系の励起子分子は、量子閉じ込め効果により非常に大きな結合エネルギーを有することが期待出来る。ZnS系量子井戸構造の作製は、減圧MOCVD法を用いて行った。量子井戸層にはCd_xZn_<1-x>Sを、障壁層にはZnSを用いた。成長条件の最適化を図ることにより、混晶量子井戸層のCdの組成比がx=0.2、層厚が3.5nmの試料では、低温における励起子発光半値幅が約20meV程度(従来の値の約半分)の比較的高品質な量子井戸構造の作製が可能となった。この試料を高密度に励起すると、励起子発光線の約23meV低エネルギー側に、励起光強度に対して非線形(superlinear)に増大する新たな発光線が観測された。時間分解発光分光の測定結果より、この発光線は励起子分子の輻射再結合過程によるものであることが明らかにされた。また、励起子分子発光に対する励起スペクトル、即ち、励起子分子の2光子吸収過程を測定した結果、この量子井戸構造において励起子分子の結合エネルギーは38meVと導出された。この値は、ZnSにおける励起子分子結合エネルギーの約4倍である。次に、この試料をへき開して共振器構造を作製し、光励起した結果、励起子分子の発光エネルギー位置に誘導放出光が観測された。この結果は、励起子分子-励起子間の光学遷移過程で反転分布が生じ、誘導放出が起こっているものと考えられる。現段階で、少なくとも低温から150Kまでの温度領域で、励起子分子の輻射再結合過程による誘導放出が確認されている。
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