西洋建築における視角補正理論の流れを、古代のウィトルウィウス、ルネサンスのアルベルティ・パラディオ・セルリオ、17〜18世紀のフランスにおける建築アカデミーにおける記述と理論のなかに読み込んだ。仰角が大きい建築の部位には比較的より大きい寸法を与えなければならないというこの理論は、ある一定の視距離から見るということを前提としているが、しかしこの「一定の視距離」はほとんど言明されていない。本研究では、それぞれの理論において与えられた数値を逆算することでこの数値を割り出した。ウィトルウィウスにおいては60尺(約19メートル)、それを踏襲したルネサンスの建築家においてもほぼ同様、アカデミーにおいてはそれに加えて、室内の視覚的体験の場合は10尺(約3.2メートル)という視距離が想定された。 つぎに各時代の都市・建築空間の代表的スケールを算定することをおこなった。古代では、列柱街道、バシリカのホールの内部空間、アゴラやフォルムといった広場空間において60尺というスケールが繰り返し登場することを確認し、17〜18世紀のフランスでは、教会建築の身廊空間や広場空間といった大規模な建築空間や都市空間において60尺というスケールが頻出し、また居住空間では22〜24尺というスケールが多出するが、これは視点がその中央に位置することを考えれば視距離10尺程度を満たしていることが判明した。 古代・ルネサンス・近世におけるこうした視角補正理論で明らかなのは、それが実地に適用されたというより、現実のなかですでに一般的なスケールを前提としてその上に理論が構築されているという点である。視角補正理論に関する研究においては、こうした生きられた視角的世界が逆算して得られた点に意義があると思われる。
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