本年度においては、アイヌ民族の建築施設の内、生活文化の中心である住居(チセ)を中心に、研究を進めた。 現在、ケトゥンニ(三脚サス)2組とキタイオマニ(棟木)で基本フレームを構成する小屋組構造(以下、「ケトゥンニ構造」とする)は、チセの構造的特徴を代表するものとしてチセのTypicalな構造形式であるとする考えが定説化している。一方、本研究によって、アイヌ民族について記載する近世の文書、絵画資料や近代以降の記録、論文を集成し、チセの小屋組構造を中心に検討すると、かつて、ケトゥンニ構造とは異なる多様な小屋組構造が存在したことを解明することが出来た。さらに、従来の定説(チセの純粋形態の証明=ケトゥンニ構造の採用)は如何にして形成されたものかについて解明するため、既往の研究、特に建築学研究者による研究成果を中心に、その論点を再整理検討した。その結果、建築学研究者によるチセの研究は、昭和10年前後の数名の研究者によるものに限られ、それ以後系統的な研究は行われていないこと、昭和10年代の研究の中でも鷹部屋福平博士による研究業績は質量ともに群を抜くもので、結果的に、氏の論考が定着し、再検討を受けないまま今日までの定説化に至ったと推定することが出来た。また、ケトゥンニ構造の構造力学的評価については、従来、ケトゥンニ(三脚サス)2組とキタイオマニ(棟木)で小屋組構造の主体を構成する合理的な構造と説明されてきたが、タルキの下端が直接側桁に接続し、垂木が直接的に荷重を負担する構造であることなどから、必ずしもケトゥンニとキタイオマニ主体の構造とは言えず、むしろ、「垂木構造」に近い構造と考えられると言う結論を得た。さらに、住居遺構の上部構造復元研究として、竪穴住居から平地式住居に至る小屋組架構の変遷試案についても提示した。いずれにせよ建築史の視点による研究蓄積は非常に乏しく、今後の研究の進展が必要である。
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