本年度は改良熱処理(Ms点下の温度(533K)で中断焼入れした後直ちに引上げオーステンパー処理を行う熱処理)したFe-0.6C-1.5Si-0.8Mn鋼のミクロ組織、引張特性、切欠き静的曲げ破壊特性ならびにシャルピー衝撃特性について調べた。その結果を通常のオーステンパーを施した鋼で達成される結果と比較した。得られた結果は次のように要約される。(1)改良処理を行うと炭化物をほとんど含まない上部ベイナイトと残留オーステナイト(γ)(26vol.%)混合組織中に針状の焼戻しマルテンサイトが10vol.%程度分散する三相混合組織が得られた。(2)改良熱処理鋼を6.75×10^<-4>/sの歪速度で引張試験を行った。その結果γ量の多い通常のオーステンパー処理鋼に比べて強度が上昇するとともに破断伸びが約2倍に上昇した。(3)真応力-真歪み線図の解析、γ中の炭素含有量の測定ならびにγの機械的安定性試験を行った結果、改良熱処理鋼の破断伸び著しく向上するのは未変態のオーステナイトがMs温度下で時効を受け、その結果γが適度に安定になり変態誘起塑性(TRIP)が有効的に起こることによることが分かった。(4)通常のオーステンパー鋼の破断伸びが小さいのは塑性変形の初期に多量のγがマルテサイト変態しTRIPが有効的に起こらないことならびにベイナイトとγ二相間に歪みが残留していることによる。(4)0.05-20mm/minの歪速度で切欠き静的曲げ試験ならびに77-473Kの温度範囲でシャルピー衝撃試験を行った。その結果(i)静的曲げ試験では歪速度に関係なく改良熱処理鋼と通常のオーステンパー鋼の破壊エネルギの間にあまり差がなかった。(ii)シャルピー衝撃試験では室温では両者に差が認められないが、温度が上昇するにつれて改良熱処理鋼に比べて通常のオーステンパー鋼の吸収エネルギーの方が大きくなった。以上の結果から局部的に大きな応力集中を受ける場合γの機械的安定度よりもγ量の多い方が破壊エネルギーに対して好影響を与えることが分かった。
|