ポリペプチドは、溶液中において様々の異なる2次構造を取ることは古くから知られている。また、温度、溶媒組成及び圧力などの変化により2次構造は変化することも知られている。特にヘリックスコイル転移については実験及び理論の両面から研究され、溶媒とペプチド残基の相互作用、即ち水素結合生成が重要な因子として考えられている。我々は、最近、ポリ(β-フェネチルL-アスパルテート)(PPLA)がテトラクロロエタン(TCE)の希薄溶液及び液晶状態中で温度の昇降により、α-ヘリックスの右巻き【tautomer】左巻きの鋭い一次転移を示すことを見い出した。更に研究過程において、PPLAが、微量の変性溶媒を含む系で、温度の昇降により左巻きから右巻きへ反転し、再度左巻きへ反転するというエントラント・ヘリックス-ヘリックス転移を確認した。本研究では、ポリアスパルテートに見られる特異的なリエントラント転移現象の低温側の逆ヘリックス-ヘリックス転移に着目し、転移の機構と水素結合相互作用について検討した。本研究の第一段階で、PPLAのモデル化合物として、環状ペプチドであるジケトピペラジンを合成し、各種溶媒を用いてNMR測定を行った。NMR測定結果よりジケトピペラジンの各結合のコンホメーション解析を行った結果、側鎖根元のχ1結合回りのトランス分率が溶媒極性の増加に伴い増加することが分かった。また、変性溶媒を含む混合溶媒系では、変性溶媒濃度が増加すると低温側でコンホメーションがゴ-シュ安定からトランス安定へ変化することも見い出した。重水素化PPLAの混合溶媒系における重水素NMR測定の解析からは、低温側で側鎖根元のコンホメーションが変化するという結果が得られた。以上の研究成果から、PPLAの低温側の逆ヘリックス転移は、溶媒効果による側鎖のコンホメーション変化が主鎖のらせん反転を誘起する機構であることが分かった。
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