研究概要 |
日射不足などsource/sink比が低い条件下では,一穂の中でも開花が遅く穂の基部側に着生する弱勢なイネ穎果の初期生長が遅延する.昨年度までの結果から,この遅延は単に栄養的な問題から生じるのではなく,植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)により生じること,そしてABAはイネ穎果の初期生長や登熟の促進要因として働いていることが明らかとなった.このことから,イネ穎果の初期生長の制御はイネにとってはむしろ積極的な制御であると考え,その意義を明らかにすることを試みた.その結果,登熟初期の日射量が多く,弱勢な穎果の初期生長の遅延が少なく,1穂内のほとんどの穎果がデンプン蓄積に入った時に日射量を制限すると登熟はかなり悪化することが明らかとなった.一方,登熟初期から日射量を制限した場合は,強勢な穎果の登熟が優先的に進み,大部分の弱勢な穎果は生長初期段階で生長能力を失うことなく生長を停滞していることが明らかとなった.したがって,弱勢な穎果の発達初期段階での生長停滞は,穎果のデンプン蓄積期に光合成産物の穎果間の競合を回避するための,むしろイネにとっては自己防衛的戦略機構であると考えられた.また,ABAは弱勢な若い穎果に直接処理した場合でも,茎葉散布した場合でも,弱勢な穎果の初期生長を促進するという昨年度までの結果から,若い穎果のABAの起源は葉である可能性が示された.そこで,登熟初期における止葉のABAを測定した.その結果,遮光によってABAレベルが減少したことから,葉でのABA生産は光の強さに依存し,葉のABA生産が低いような条件下では特に弱勢な若い穎果へのABA輸送が低下し,初期生長の遅延が生じると考えられた.
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