麻ひ性貝毒の原因種である渦鞭毛藻Alexandrium tamarenseに関しては、これまでに多くの生物学的知見が蓄積されているが、現在もその発生、消滅を予知することは困難な状況にある。本研究では、植物プランクトンの相遷移現象に着目し、この問題にアプローチした。岩手県大船渡湾の調査では、同じ珪藻でもA.tamarenseとの共存性には相違があることを確認している。すなわち、ThalassiosiraやCheatocerosは同じ水塊に出現しないのに対し、Skeletonemaは共存する。そこで、この点を混合培養系で検討した。その結果、全2者に加えAstedrinellaもA.tamarenseと生長競合を示し、後者と混合培養した場合お互いの生長に影響がないことを確認した。生長競合する場合、相対的細胞密度の違いによって生長抑制効果はどちらかが一方的になる現象も観察できた。また、この相互の生長抑制がある種の化学物質の分泌によるアレロパシー作用によるものであることも、培養ろ液を用いた実験から明らかとなった。天然環境中では通常珪藻のバイオマスがAtamarenseのそれに比べて圧倒的に高い。従って、上記の結果は珪藻側からの生長抑制が天然では機能していることを示唆する。そこで、次に上記の珪藻の培養ろ液を種々の画分に分画してアレロパシー作用を持つ物質の特定を試みた。その結果、当該物質は脂溶性で極性の低い物質であることが判明し、各種クロマトグラフィーの挙動および性状試験の結果から炭化水素の一種であるものと考えられた。部分精製画分はA.tamarenseに対して顕著な生長抑制効果を示した。以上の結果、自然環境下で起こる珪藻とA.tamarenseの間での相遷移現象には珪藻側からのアレロパシー物質が大きな役割を果たしているものと推察された。
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