本研究は、水文時系列予測にカオス理論(一見不規則に見えるが明確な決定論に支配されている現象を扱う理論)を応用しようとしたものであり、とくに洪水流量の実時間予測への応用について検討した。 1.決定論的な短期予測法 カオスでは、初期条件の微少な誤差が時間的に増大するという効果のために長期予測不可能性という性質を持つ。また、その時系列は決定論的な規則に支配されているから、その決定論的因果性を失うまでの近い将来ならば、その挙動を短期予測できるという性質も合わせ持っている。この性質を利用した予測法としては、n次元状態空間に時系列データを再構成して軌道を作ることで決定論的法則を推定する方法が一般的である。一方、ノンパラメトリック時系列予測の一つとしてNearest-Neighbor法が過去に提案されている。本研究では、この手法の考え方は、先に述べたカオスを応用した決定論的な短期予測法とほとんど同じであることを見い出した。同法は、最新の観測時系列ベクトルに類似した過去の時系列ベクトルをk個抽出した後、それらのjステップ先データの平均値をjステップ先の予測データとするというものである。 2.実時間洪水予測への適用 ここでは、上述のNearest-Neighbor法を実時間洪水予測に適用して、その適応性を検討した。対象流域は、永源寺ダム流域(132km^2)と大迫ダム流域(115km^2)で、それぞれ27出水、35出水の毎時降水量・流量資料に基づいて、1〜3時間先流量を予測するものとした。その結果、きわめて簡単な考え方に基づく手法であるにもかかわらず、流出モデルにカルマンフィルターを導入した実時間洪水予測法と比較しても遜色のない良好な結果が得られることが分かった。ただし、過去の時系列ベクトルを参照するというこの手法の原理から、過去に経験していない大出水には対応できないという実用上の問題点も残されている。
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