本研究は、鶏精子の運動調節における細胞内シグナル伝達機構を明らかにする目的のために行ったものである。凍結・融解処理した除膜精子の運動性は、無処理の対照区と同様に、77-85%の高い値を示した。精子のATP消費量を測定したところ、いずれの区も200-210nmolATP/10^9精子/分であり、有意差は認められなかった。一方、30℃で活発に運動している除膜精子にプロテインホスファターゼ・タイプ1(PP1)を添加すると、運動性は濃度依存的に低下し、10unit/ml以上の濃度域では完全に抑制された。また、5mMEGTA添加によって溶液中のCa^<2+>を除去すると、運動精子の割合は急激に減少し、その後5mMCa^<2+>を加えることによって増加した。40℃で不動化を起こしている精子にPP阻害剤であるカリクリンA(100nM)を加えると、運動性は約80%まで促進された。ところがその後、PP1を添加すると運動は完全に抑制された。精子タンパク質のリン酸化反応に及ぼすPP1添加の影響を検討したところ、30℃において、無添加の対照区と比較して、PP1を加えると、分子量115kDa、78kDa、51kDa及び20kDa付近のタンパク質が脱リン酸化を受けていた。細胞膜の存在する正常精子の運動性は、30℃ではCa^<2+>の存否にかかわらず、75〜80%の高い値を示した。これに対して40℃では、Ca^<2+>無添加の精子は不動化を起こし、2mMCa^<2+>を添加すると75%の値まで回復した。しかし、ベラパミルを1mM添加し、その後Ca^<2+>を加えても、十分な運動回復効果は認められなかった。その際、[Ca^<2+>]_iの上昇が著しく抑制された。ミトコンドリアからのCa^<2+>放出を誘起すると考えられるSr^<2+>を精子に添加すると、[Ca^<2+>]_iの上昇とともに、40℃でも濃度依存的に運動促進効果が認められた。以上の結果から、凍結・融解処理などの物理的な損傷では、鶏精子の運動調節に関与する様々な物質を、鞭毛軸糸から取り除くことはできないものと推察された。さらに、PP1の活性化が鶏精子の運動抑制に深く関与していること、また、温度による可逆的不動化は、細胞膜を介する細胞内外のCa^<2+>移送機構より、むしろミトコンドリアにおけるCa^<2+>動員機構に依存しているものと考えられた。
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