明瞭に区別できるいくつかの生育段階を遷移しながら生長・存続し、繁殖に当たっては有性繁殖と無性繁殖を併用する個体からなる植物集団について、遺伝子頻度の分散に関する有効な大きさ(Ne)を定式化した。この式を、特異な生長・生活史をもち無性的に繁殖する多年生草本植物であるクロユリ(F.camtschatcensis)の2つの集団に適用して、Ne/N(Nは実際の個体数)と長期保全のために必要な個体数を推定し、それぞれ0.3以下、2、3000以上という値を得た。生長特性あるいは繁殖様式を表わすパラメータをいろいろな値に設定して行った数値計算の結果から、成熟段階の継続年数が長い集団ほど、Ne/Nが小さく、従って同一Nの下で保有可能な遺伝子多様性が小さいと推測された。この点は、Ne/Nの値とアイソザイム多様性に関する上記の2つの集団のちがいにおいても認められた。同様の数値計算により、生長パターンを人工的に管理(変更)することが、Ne/Nと各生育段階の割合にどのような影響を与えるかを検討し、以下の4点を認めた。第1点は、幼個体の生存率を高めてやるとNe/Nが増加する、第2点は、幼個体の段階からより成熟した段階への移行をはやめてやると、Ne/Nと成熟個体の割合が増える、第3点は、成熟個体の存続年数を長くしてやると、Ne/Nと幼個体の割合が減る、第4点は、多年生草本植物の中には成熟個体から幼個体に一定頻度で回帰するものが少なくないが、この回帰を促進してやった場合は、Ne/Nが減少し各生育段階の割合は変化しない。以上のことから、集団保全の視点からは、成熟個体をすみやかに除去して、個体(世代)の入れかえを促進してやることが望ましいといえる。
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